〜誕生から〜
平成5年1月23日に2610グラムで産まれる。 予定日より一ヶ月早い早産だった。
私は以前から男の子が欲しかったので
男の子だと分かった時は嬉しかった。
産まれた時からミルクの飲みが少なかったが、
この子はこれで良いのだろう。と、安易な考えでいた・・。
この頃はまさか、あんな事になるとは思ってもみなかった。
退院して一週間ぐらいが過ぎただろうか・・。
息子の顔色が悪くなりミルクも飲まなくなった。
慌てて産婦人科に行ったが市立病院に回されてしまった・・。
まだこの時は、事の重大さが分かっていなかった。
受付を済まし熱を測った時の事・・。
ぐずぐずぐずるせいか、熱が測れない。
それでも何とか測ったが、35度いかないのだ・・。
おかしい!そう思い看護婦さんに声をかけ処置室に運んだ。
先生が息子を見た途端、
処置室の中が慌しくなったのだ・・。「酸素を早く!!!」
先生の叫び声・・。「酸素????」
頭の中が真っ白になった・・。
数人の先生。看護婦さんで息子が見えなくなった・・。
「何なの?何が起きたの?」
頭の中の整理がつかないまま立ちすくんでいると、
先生が息子を抱き「お母さん早く!」
言われるまま、先生の後を走ってついて行った。。。
病棟の前で・・どれぐらい待っただろうか。
先生が出て来て部屋に通された。「今は何とか
器具を付けて呼吸してますが・・2〜3日が峠でしょう・・。」
体の力が抜けた・・。
先生が何を言っているのか全く分からなかった。
ただただどうして・・何で・・涙があとから
あとから止まらなかった。
数日間・・何とか生き延びていている状態の息子・・。
「もし助かっても植物人間かもしれない」
そう先生に言われてから、私の中での格闘が始まった。
長女を18歳で産み長男を20歳で産み。
「子供が子供を産んだ」と、周りから言われていた・・。
まだまだ20歳の私には・・
障害という言葉はとてつもなく重たいものでした・・。
障害児になるなら・・いっその事このまま・・
そう考えた事も事実です。
でも・・一生懸命生き延びている息子・・。
あんなに小さい体中に点滴やら器具やら・・
触れるところなんてほとんど無い状態・・。
痛々しい・・本当にあの姿の息子を見るのは苦しかった
頑張っている息子を前にすると・・
生きて欲しいという願いと、障害という恐怖でただただ
涙が止まらなかった。
この病院で最高のこれ以上は出来ないという
治療を受けても息子はあまり良くならなかった・・。
CT検査の写真を見せられても私には
さっぱり分からなかったが、正常の人のCTとくらべると
明らかに息子のCT結果には異常が見れらた。
とにかく真っ黒なのである・・。
真っ黒ということは、
脳の中の細胞がほとんど死んでしまってる事を
意味する結果であった。
全滅に近いかも・・。
その言葉の重さがまた私を悩ませた。
泣いても悩んでも何も変わらないが
自分の事を責めずにはいられなかった・・。
私のせいだ・・。もっと早く異常に気が付いていれば
こんな事にはならなかった・・。
私のせいなんだ・・・。私のせい・・私のせい・・。
一生懸命生きぬこうとしてる息子に私は何も出来ない・・。
私に出来ることは祈る事しか無かった
入院して一ヶ月が過ぎた頃・・
息子は奇跡的に自分で再び呼吸する事が出来るようになった。
でも・・脳の細胞は死んでいるのだ。
障害が出るのは決定的になった・・。
どんな形で障害が出るかは
これからの成長を見てみないと分からなかった。
そして・・奇跡的に息子は生きぬき・・退院した。
でも私は毎日毎日泣き明かす日々だった・・・。
障害児を私が育てることが出来るのか・・。
ましてやどんな障害かも分からない・・。
怖かった。あの頃はどうしようもなく・・
むしょうに怖かった。息子の事を誰にも言えなくて
息子の障害の事はひたすら隠していたと思う・・・。
退院して2〜3ヶ月で息子の目の動きが
おかしい事に気が付いた。目が合わないのだ。
時々より目をするようになり病院で見てもらった。
ハッキリした原因も分からないまま数ヶ月が過ぎた。
あの頃の私はとにかく必死だった・・。
息子の全てを受け入れる事に必死だった。
でも、なかなかありのままの息子を
全て受け入れる事は困難だった。
そんな中・・息子のCT検査が再度行われた。
結果は・・驚く事に半分ぐらいの細胞が
生きかえっていたのだ。
それからは検査するたびに細胞は生きかえっており、
最後には普通の人と変わらないところまで回復していた。
先生にも「正直ここまで回復するとは思わなかった。奇跡です」
そう言われて息子の強さに感動した。
この子は何て強い子なんだろう・・。
なのに私は何て弱い母親なんだろう・・。
日々大きくなっていく息子に目に見えて
分かるような遅れはなかった・・。
そんな中、心身障害児通園施設に
紹介され行くようになった。
まず・・最初施設に入った瞬間思わず息を呑んだ・・。
見るからに大きい子が床を這っていたり、
奇声をあげたり・・・
今まで見た事の無い光景にただ立ちすくんだ・・。
どうしてここに私はいるんだろう・・。
息子の全てを受けいれる事も出来ない。
施設の空気にも慣れる事が出来ない。
私の心は空っぽのまま月日だけが流れて行った・・。
息子の成長は遅れながらも、
お座り。ハイハイ。歩く事も出来るようになった・・。 |
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